【ネット時評 : 中村 伊知哉(慶應義塾大学)】
こどもどこでもものがたり

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エッフェル塔と信号機とキノコ


 均整のとれたベージュ色の町並み。パリを一望するならポンピドーセンターの最上階に限る。エッフェル塔やモンパルナス・タワーは背が高すぎて、展望台は眼下が遠すぎる。程良く見渡すには、目線の低さが要る。エッフェルは偉いがエッフェル塔は高すぎる。モンパルナス・タワーは醜悪だ。登るとモンパルナス・タワーが見えなくなるからみなモンパルナス・タワーに登るのだ。

 そんなどうでもいいことを論じながら、子牛の頭やらウサギのパテやらを食らう。ビストロでもカフェでも、パリジャンやパリジェンヌは、飲んだり食ったりしながら、人生を賭けた形相で、速射砲のようにプープーしゃべり続ける。だがたいていは、そんなどうでもいいことを論じている。文化というやつだ。

 信号機が故障している。交差点では、ダンゴ状態になったクルマどもが、プープー間抜けなクラクションを鳴らしながら、なんとか互いをすり抜けて通行している。慣れっこなのだ。文化というやつだ。

 市場をねり歩く。キノコ屋がいる。フォアグラ屋がいる。チーズ屋がいる。エスカルゴ屋がいる。キノコだけを売っている店。フォアグラだけを売っている店。チーズだけ、エスカルゴだけ。やたら分業である。母方の実家のある西陣で着物をしつらえた際、着物屋やら羽織屋やら帯屋やら下駄屋やら、旦那衆は、こうやって分業しながら500年食ってきたと教えてくれた。それも文化か。パリと京都は姉妹都市である。


犬と大人と子ども


 こら犬。あっちいけ。キャイン。パリのひとはそんなことはしません。三つ星レストランにも淑女は犬を連れてくる。犬は大人しくしている。だが子どもはレストラン禁止。大人と子どもの居場所は画然と分けられている。フランスは大人と犬の国である。日本は逆だ。こら犬。あっちいけ。だけど子どもはどこでも大いばり。日本は子ども天国である。

 フランスは日本のマンガが最も浸透した外国だ。FNACのマンガコーナーには本場・日本マンガのフランス語版がずらりとならんでいて、OTAKUたちが真剣に立ち読みしている。マンガやアニメやゲームは、欧米では子ども文化だったのだが、日本では大人も子どもも入り交じってジャンルを育ててきた。だから大人向けのマンガもアニメもある。厚いユーザ層が育んだ広い作品群がパリの大人をとらえている。

 パリの公園では、年金生活者や失業者が銀色の玉をころがして遊んでいる。ペタンクである。オヤジどもの遊び場を子どもが横切ろうものなら、こらガキ。あっちいけ。プープー叱られる。日本ではビー玉で遊んでいる失業者を見かけることは少ない。


ケータイと写真とマンガ


 パリには、子どものワークショップを開くために来た。日仏40人の小中学生がケータイを使って4コマ写真マンガを作ろうというものだ。「こどもどこでもものがたり」と名付け、NTTドコモ主催、NPO法人CANVAS共催で実施した。(http://www.k-dcm.net/J/index.html

 街や人の写真をケータイで撮って4コマのストーリーをたくさん作る。東京の子どもたちが作った作品をパリに送る。パリの子は、その写真だけをみて別のストーリーを作ったり、ストーリーに合った写真を撮ったりする。自分たちの作品も作る。それをみて東京の子は同じ作業をする。

 東京でもパリでも、はじめて遊ぶケータイに夢中になる。普通のカメラに比べ、接写が多いのはインタフェースの違いによるものだろうか。町へ出て、グイグイとケータイを押しつけて写真を撮りまくる。放っておくと、着信メロディやテレビ電話機能を見つけて遊び始める。機械の説明は不要だ。

 ストーリーには差が出る。パリっ子は、かわいい童話を描いたり、素直でまとまりのある風景描写をしたりする。東京の連中は、起承転結にメリハリをつけようとしたり、ギャグに走ったりする。芸術の国とマンガの国の違いだろうか。

 日本が圧倒的に先行するケータイと、長く育んできたマンガ表現とを組み合わせる。ニッポンの技術や表現を使って、新しい国際コミュニケーションを拓く。今回は第一弾の取り組みで、より活動を広げていくようユネスコからも期待されている。

 さて、次はどこでやりましょうか。

<筆者紹介>1961年生まれ、京都市出身。京都大学経済学部卒。在学中はロックバンド"少年ナイフ"のディレクターなどを務める。1984年郵政省入省。電気通信局、放送行政局、登別郵便局長を経て、通信政策局でマルチメディア政策、インターネット政策を推進。93年からパリに駐在。帰国後は官房総務課で規制緩和、省庁再編に従事。98年に郵政省を退官、CSK特別顧問に就くとともに渡米、MITメディアラボ客員教授に就任。2002年9月より現職。国際IT財団専務理事、社団法人 音楽制作者連盟顧問、NPO「CANVAS」副理事長を兼務。著書に『インターネット,自由を我等に』(アスキー出版局)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

中村伊知哉氏のホームページ
http://www.ichiya.org/

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