【ネット時評 : 碓井聡子(日本ユニシス)】
ユビキタス、センシング&コンテクスト化のインパクト

これまでのインターネット社会が、生活者や企業に対しあらゆる意味での「情報支援」を行うもの、とするならば、今後到来することが予想されるユビキタス社会は、これらの情報を「つなげる」ものであり、しかもそして生活の一部ではなく全般を支援するという価値を提供するものだ、と言えると思う。
グーグルは世界中のナレッジを共有できる基盤をつくっている。これらによって、大抵のことは不自由なく情報収集できるようになった。そこから一歩進んだユビキタス社会になったとき、これまでと異なるのは、「自分固有の情報」が新たに発生することだろう。それら自分情報が、検索エンジンなどで提供される一般ナレッジと組み合わされるようになればなおありがたい。
センシング&コンテクスト化される自分情報
自分固有の情報、というのは生活者で言えば、行動のパターンであったり、使い方のクセであったり、病歴であったり、嗜(し)好であったりと、さまざまだ。嗜好や購買行動など、「あの人はこういう人ね」と企業が認知してマーケティングに既に使っている情報もあれば、そうでない情報もある。本人が気付いていないものも多いだろう。ユビキタス社会では、少しずつこうした情報がセンシング(感知)&コンテクスト化(意味付け)されて得られるようになる。そのはしりの例の一つは、数年前から出てきた見守りポットだ。一人暮らしのお年寄りがポットでお湯を湧かす、という日常行為をポット自身が感知し、そこに「無事に日常生活を送っている」という意味付けをして、遠方の家族の携帯に情報を放り込む。単純なセンシングという面では、ICタグによって学校や塾の門で子供の動きを感知し、出た、入った、という意味付けをして親の携帯に連絡する、という安心・安全の取り組みと似ている。この取り組みでは「子供の管理」という目線ではなく、「神様が子供を見守ってくれている」という理念とも親和性があるということで、カトリック系の小学校からの引き合いもあるのだという。見守り、という点がまさにユビキタスの概念と合っているというわけだ。
ネットは「能動」、ユビキタスは「受動」
こうしたセンシング&コンテクスト化の取り組みは、車という閉じられた空間の中では、以前から研究テーマに上がっていて、実用化されつつある。まばたきの数や様子をセンシングして、「居眠り」という意味付けをする、そして注意を喚起するようなメッセージやスピードを落とす調整、場合によってはシートベルトを自動的に巻き取って体を固定するような技術も開発されている。また駐車しようとした道路に車上荒らしが多い、という情報がネット上にあれば警告してもらうこともできる。
これらセンシング&コンテクスト化に共通するのは、通常インターネットを利用する時のように自ら進んで「能動的に」情報取得しなくても、ただ普通にいつもの行動をしているだけで、それをセンシング&コンテクスト化して、自分を最もよい状態に導いてくれようとすることだ。
モノがモノにモノ申す
人だけではない。モノに関しても同様のことが言える。モノに情報がつき、モノがモノにモノ申す――これもユビキタス的社会の特徴の一つだろう。
モノ作りをする上では、一つ一つのモノに対しそれがどのような過程で作られたか、という膨大な情報が存在する。牛肉などは、どの牧場でどのようなエサを食べて誰に育てられた何歳の牛か、どこでいつ食肉処理されていつ加工されたか、という情報を追跡して得ることができる「トレーサビリティー」の導入が検討されている。これが機械であれば、部品一つ一つがいつの時点でどの工場でどの機械で作られ、それがどの工場に輸送されどの部分にどの加工機械を使ってどのくらいの力ではめ込まれたか、というように細分化されてくる。これらを一つ一つ「情報」として入力していたのでは、現場はたまったものではないし、もともと取れない情報もある。
従来は各工程ごとに何がどのくらいできたか、という数量管理、進ちょく管理を人が集計し、データを送付するのが普通だった。しかし現在、ITを含む技術の進歩とユビキタスネットワークのお陰で、これまで取りたくても取れなかった情報まで、人が苦労しなくても入手できるようになってきている。セル生産の導入に際し、製品一つ一つの組み立て情報をICタグに記録させて電子看板に表示し迷いなく組み立てられるようにしたり、1台の組み立てマシンに何通りもの組み立て方法を記憶させ、流れてきた部品についている情報をもとに、モノ同士が会話をして自動的に組み立て方を調整し変えていく、というようなこともできる。そのプロセスの中では、どのボルトがどのくらいの力でどの機械に締められたか、という情報までも自動的に取得することができるようになってきた。
「匠の情報」もセンシング
ものづくりの過程には、“匠”のような職人でなくてはできないとされた作業がある。しかしこれも、センシングによって匠の動作を機械がトレースし、大量生産に結びつけることが可能になってきた。熟練作業者が20年かけて得るようなカンと経験に基づく作業、例えば高炉の調整なども、メタヒューリスティックという方法論を使うことでITに載せることもできる。現場から人がいなくなるわけではないが、かなりの部分が置き換わるかもしれない。一定回数リサイクルして使うような部品であれば、何回使われたか、という情報を自動的にセンシングして残り使用回数をカウントし、補充部品としてスタンバイさせることもできる。言うなれば、人間のカラダにカルテがあるように、製品にもものづくりの段階からセンシング&コンテクスト化していくことで、モノのカルテが存在するようになるのである。
製品カルテでできること
作られた製品に自身をセンスする機能を入れておけば、例えば多くの機能の中で、どういう機能が好まれたかというマーケティング情報をメーカーが手に入れることもできる。こういう情報は個人向けの機器だけでなく、法人向けの企業でも使える。例えば複写機、コピー、スキャナー、FAXなどが一つの機械に収まった複合機のようなものを例にとると、納めた企業毎に使い方のクセが存在する。そこには業界固有の傾向もあるかもしれない。それらの情報を納入した機械が覚えこむようにしておけば、次に提案する際には顧客自身も気付かなかったような固有のクセを踏まえた、顧客企業仕様のマシンとして提案できる。
もちろん、製品カルテの情報はメンテナンスや修理にも使える。ある一定の環境下で作られた商品が頻繁に不具合を起こすということであれば、原因を部品や組み立て情報にさかのぼって検証し、精度の高い早期の原因究明と措置をおこなうことができる。こういう使い方で壊されることが多いということであれば、その使われ方で壊れないような設計にするにはどうすればよいか、ということを設計段階にさかのぼり検討することができる。
ユビキタスが変える企業システムの新しいかたち
ユビキタス環境下で、ものづくりの現場が情報化しセンシング&コンテクスト化の細かいサイクルがあちこちで動き出すというような状況は、企業のマネジメント側にも大きな影響を及ぼす。これまで組み立て実績や入荷、出荷など、現場情報の収集は人を介しておこなうことが多かったが、現場がユビキタス化すれば、そうした情報がより詳細に、リアルタイムに上がってくるようになる。センシング&コンテクスト化で自律的に動く現場とマネジメント側双方が細かい情報をリアルタイムに共有できることで、PDCAサイクルの高速化が促されることは自然な流れだろう。これによってマネジメント・イノベーションが起こると考えられる。
生産システムの構成要素に自律的意志決定機能や通信機能がつき、これらの構成要素が情報交換をしながら自律的に生産プロセスを実行していくような概念が実現されたとき、既存のマネジメントを前提としたERPでは対応できなくなりそうだ。
ユビキタスが変えることは数多い。しかしこのマネジメント変化によるインパクトが、企業にとって実は一番大きいのかもしれない。
<筆者紹介>碓井 聡子(うすい さとこ) |
2006-3-29 カテゴリー : ネット時評 , 碓井聡子(日本ユニシス)
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