【ネット時評 : 湯川 抗(富士通総研)】
YouTube買収に思う、Web2.0的ビジネスの「正体」

グーグルがYouTubeを約2000億円で買収すると発表した。「Web2.0的」と言われる代表的企業同士の突然の買収劇は、世界中のビジネス界に衝撃を与えている。
今年はこの「Web2.0」関連書籍が大いに売れた。雑誌でも特集が組まれ、ブログでは毎日のようの様々な意見が取り交わされている。つい最近まで業界内部のはやり言葉だと思っていたWeb2.0はあっという間に一般に普及し、この進化するインターネットに対する世間的な興味の高さはもはや疑う余地がない。僕自身、最近特に大企業からWeb2.0的ビジネスへのキャッチアップに関する相談を受けることが増え、考えることが多くなった。
1990年代後半にさかのぼる
言うまでもなくAjaxのようなWeb2.0的な技術の普及はめざましい。しかしこのような技術関連のものではなく、Web2.0の与える社会的影響やビジネスへの影響に関して書かれたものを読むと、いつかどこかで読んだことがあるような気がするのは僕だけだろうか。
1990年代後半以降、インターネットの普及とその影響は様々な識者によって予見されてきた。例えば、ネグロポンテは1995年に著した「ビーイング・デジタル」で「オンデマンドの拡大」、「一人ひとりがテレビ局」という言葉を用い、インターネット経由での個人の映像配信を予測している。もし、素直にネグロポンテの予測、言い換えればインターネットの普及とそれによって開かれる未来を信じていれば、YouTubeの出現や、同種のビジネスが大きな影響力をもつことは予想できたのではないだろうか。
当時教科書とされたような本を読み返すと、数千人のマーケティングチームを組織するよりもグーグルの検索結果で上位に表示されることの方が効率的であるという、今では極めて当たり前のことも既にずいぶん前から予想されていたことが再認識できる。
こうした、1990年代後半に書かれ、情報化社会を予見した書籍の多くは、その文中の「インターネット」という言葉を「Web2.0」と置き換え、今読み直してみても違和感がないだけでなく、昔よりも容易に理解できるように思う。
実は信じられていなかったインターネット
ベンチャー企業の関係者など、業界内部ではWeb2.0というコンセプトの流行自体は歓迎されているものの、なにが新しくなったのかは必ずしも認識されていないように思う。業界内部の人たちよりも、むしろ大企業に勤めるビジネスマンの方がWeb2.0に関する一般的概念を理解しているのではないかと感じるのは皮肉なことだ。多分、昔からインターネットとインターネットによって開かれる未来を信じてビジネスに取り組んできた人たちにとっては、今更「Web2.0」などと言われてもピンと来ないのではないのだろうか。
90年代後半に語られた将来像に基づき、当時のインターネットビジネスに対する過大評価がなされ、過剰な投資が行われて、いわゆるインターネットバブルを引き起こした。しかし、バブル崩壊後、特に大企業においてはインターネットビジネスに対する過小評価が常となってしまっていたように思う。つまり、その後インターネットとインターネットが開く未来は、一般的にはあまり信じられていなかったのではないか。だから、今になって、かつて語られたとおりの未来を拓きつつあるインターネットにアセリを感じ、「Web2.0」の大流行を呼んでいる。一方で、現在成功しているベンチャー企業は、かたくなにインターネットの拓く未来を信じてきたからこそ、現在の成功をつかんだのではないか。こうした企業に関係する人たちにとって、Web2.0という言葉自体は、あまり大きな意味をもたない。
本質を見極め、オープンにする
もし、Web2.0が本来の姿を現しつつあるインターネットの断面だとすれば、Web2.0的ビジネス、あるいはもっと先のインターネットビジネスの将来像を考える上では、かつて語られたインターネットの本質を考えることが重要だろう。言い換えれば、インターネットが担う本質的役割からビジネスを考えることが重要である。
90年代後半以降指摘されてきた、インターネットが担う最も本質的な役割とは、個人と個人を結び、知識を創造するためのプラットフォームとしての機能であろう。そして、インターネットのこうした役割を活用し、発展させるために、インターネットビジネスには信じられないほどのオープンさが求められつつある。
「クール」なサイト、あるいは「Web2.0的」なサイトといわれるものをみていると、これらがクール、あるいはWeb2.0的と思われているのは、あらゆることをオープンにすることで人が人とつながり、知識を紡いでいるという点で共通している。
例えば、当然匿名ではあるものの、自分の資産運用状況、とっておきのレシピ、あるいはファーストキスの場所までオープンにすることで、つながりあった個人の情報、意見が、プラットフォームとしてのインターネットを豊かな場所としている。そして、インターネットを個人にとって豊かな場所にすることこそが、Web2.0的インターネットビジネスといわれるものだろう。
もちろん、大企業にとってはこうしたオープンな環境に適合し、ビジネスを行うことが、苦痛であることは想像に難くない。不可能な場合すらあるだろう。しかし、インターネットへの期待の高かった、バブル当時行われた大企業のインターネットビジネスへの取り組みには、今思うと見るべきものが多かったように思う。
もう一度、インターネットを信じること、そして、当時のビジネスを振り返り、それをよりオープンなものとして再構築することを考えてみてはどうだろうか。もちろん、ベンチャー企業と連携するのはとても有効だろう。当時失敗したとしても、今も失敗するとは限らない。インターネットビジネスの時間は、ドッグイヤーというほど早くは進まないのである。
<筆者紹介>湯川 抗(ゆかわ こう) |
2006-10-11 カテゴリー : ネット時評 , 湯川 抗(富士通総研)
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