【ネット時評 : 中村 伊知哉(慶應義塾大学)】
通信・放送融合加速し脱・後進国目指せ

雨のミラノ。國領二郎慶應義塾大学教授と一緒だ。昨年に続いて、IPTVの調査に来た。欧州では通信回線による放送番組の伝送サービスが進んでいる。動きの鈍い日本との差は開くばかりだ。
ブロードバンドで日本は先行した。國領さんらが魂を込めたe-Japan戦略は成功した。光ファイバーもモバイルネットも、日本はトップランナーだ。ところが、サービスやコンテンツの面で、日本はこの2年ですっかり後進国となった。
テレビ番組が映像コンテンツの生産時間の9割を占め、売上金額ベースでも過半数を占める日本は、先進的な通信ネットワークとの連携が進めば、社会余剰が増すはずだ。しかし、テレビ番組の二次利用率は1割に満たず、通信・放送の強みを発揮できていない。
メディア産業が元気なうちはそれでもよい。テレビ局のビジネスモデルは最高で、それを崩さず長生きできるのなら現状維持は正解だ。しかし、技術と世界のビジネスは予想を超える速度で動いている。
事態がハッキリしたのは、2年前のCES(米国で開かれている国際家電見本市)だ。2006年1月、Appleに続き、Google、Yahoo、Microsoft各社が一斉に、ハリウッドのコンテンツを引っさげて世界的な映像配信ビジネスを行うと宣言した。アメリカでのメディア融合論を引っ張ってきたAT&TやTime Warnerといった通信・放送会社から、コンピューターやITといった新技術の企業に主役が交代したのだ。
米放送業界の対応も速かった。CBSはGoogle、Verizon,、Comcastの3社と矢継ぎ早に提携し、台頭してきたYouTubeともビジネスを創出している。あらゆる伝送路を駆使するビジネスモデルに移行する目論見だ。ABC、FOX、NBCも人気ドラマを無料で配信している。iTunes、AOL、Amazonなどのサイトでは、高視聴率の人気番組が1話2ドル程度でダウンロードできたりする。日本では見られないサービスだ。
イギリスではBBCがYouTubeにチャンネルを開設した。見逃した番組をダウンロードして見られるiPlayerもネット企業との提携で提供している。フランスでは国営フランステレビジョンがフランステレコムと提携、IPTVを提供している。NHKとNTTがIPで独占提携するようなものだ。さらにフランスでは国立オーディオビジュアル研究所(INA)が10万本に及ぶ番組資産のネット公開に踏み切った。
2月1日、Microsoftが4兆7500億円でYahooの買収を提案した。衝撃のニュースだが、日本市場への影響は少ないのではないか、との安堵の観測も流れた。違う。問題は、日本市場が蚊帳の外、ということだ。昨年は、ReutersとThomson、NewsとDow Jonesの合併話が持ち上がるなど、もはや世界は通信・放送の枠を越え、コンピューターや新聞など全メディアを巻き込んだ再編に突入している。そこに日本企業の出る幕がないのだ。
TBSと楽天の攻防がこう着状態で、日本メディア界は先を見通せない。フジテレビのワッチミー!TVや日本テレビの第二日テレなどには攻めの姿勢もみられるが、ビジネスとして本格離陸していない。民放は放送法が改正されて持株会社が解禁され、資本力強化の道は広がったが、2011に完成する地デジ後の展望が描けない。NHKはやっとネット配信に道が開かれBBCの背中が見えたとたん、不祥事で身動きが取れなくなっている。
通信・放送の融合が進まないのは著作権のせいだ、という声が強い。だが、それは本質ではない。要はビジネスが成立するかどうかである。放送局にとって、ネットが本格的なビジネスになれば、著作権がどうあれ、本腰が入る。通信会社も、コンテンツが本当に必要なら、権利処理のコストもリスクも負うはずだ。まだどちらも本気ではない。
問題は、通信と放送で争奪しようとしている広告市場が安泰ではないということだ。任天堂のwiiをネットにつないでYouTubeを観る子どもが増えている。松下はGoogleテレビを販売するという。そろそろ日本のスポンサー企業は、アメリカのサーバーに広告を打ち始めるだろう。誰ももうからないまま、広告市場6兆円が海外に持って行かれるかもしれない。
現状維持に展望はない。守っていたら、死ぬ。通信16兆円と放送4兆円が融合して、20兆円のままなら仕方がない。これを30兆円になるような絵を描けないか。ブロードバンドとケータイで10兆円。そういう新市場を生めないか。通信キャリアは上のレイヤーにチャンスがあるとみる。ならばコンテンツホルダーたる放送局こそ、チャンスを握っているはずだ。
こういう状況を打開する政策が昨年から走り始めた。私も3件に力を入れている。その一つが「通信・放送法体系の見直し」だ。12月に総務省の研究会が法体系の抜本見直しを提言した。通信・放送の縦割りをレイヤー別に再編し、10本ある法律を一本化するプランだ。タテをヨコに直すというより、その際に、電波規制やサービス規制の大幅な規制緩和を断行する。これにより、サービスやコンテンツの発展を促す。
このプランは産業政策偏重で、放送文化を壊すという指摘がある。産業と文化は対立するものではなく、むしろ相乗すると思うのだが、反対なら対案を出すべきだ。ブログ、SNS、フラッシュアニメ、ケータイ小説、セカンドライフ。ここ数年で生まれた新しいメディア文化はネットやケータイばかりで、テレビがどんな文化を生み出しているかを考えたほうがよい。
二つめが「コンテンツ取引市場」だ。地デジ、ブロードバンド、モバイル放送、海外市場などでコンテンツを回すための市場を産官学トライアルで作ってみる。まもなく実験に移りたい。三つめが「ユビキタス特区」。地域を限定して規制の枠を外し、IP放送などのビジネス実験を行う場を設定する。全国で22件が採択された。法体系を改正するまでの間にも、できる限りの政策資源を投入し、民間がチャンスを切り拓けるようプロデュースする施策が走っている。
通信行政はより力強く競争政策の道を走っている。NGN離陸をにらみつつ、ネット中立性、プラットフォーム機能の論議が盛り上がる。2010年にはNTT経営形態見直しが待ちかまえ、2011年には地デジ完成後の電波利用問題が待つ。2011年に向けて、これら全ての政策がセットで推進される。
こうした産官の努力に対し、学も役立ちたい。慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)では「デジタル知財プロジェクト」(DIPP)を発足させ、このようなメディア融合政策を後押ししている。今春には大学院「メディアデザイン研究科」(KMD)を設立して、これら分野を支える人材育成も本格化するつもりだ。
このような動きをこのほど「『通信と放送の融合』のこれから」(翔泳社)にまとめて上梓した。参考まで。
<筆者紹介>中村伊知哉(なかむら いちや) 慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構教授 |
2008-2-12 カテゴリー : ネット時評 , 中村 伊知哉(慶應義塾大学)
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